2017年5月25日木曜日

工業

   工業

洫(いぢ)川を埋め
湿地の葦を刈り
痩せた田畑を覆へし
住宅を倒し
未来の工場地帯は海に沿うて果しなくひろがつてゐる。
工業の悪はまだ新しく
それはかれらの老い朽ちた夢よりもはるかに信ずるに足る壮大な不安だ。

私は見た。
どす黒い夕焼の中に立つて
もはや人間や鳥どもも棲めなくなつた世界は。

またいい。


「洫」は、田畑の外わくをなすみぞ、通水路。

カルテル結成や大量解雇を含む合理化で、1929年(昭和4)恐慌を切り抜けると、軍需に支えられた重化学工業が発展。日中戦争前年には重化学工業の生産が軽工業を追い越し、戦時体制下、中小工場まで軍需生産に総動員されるようになりました。農業への重税と「女工哀史」に象徴される低賃金が、軍需と植民地市場依存型の「工業」の発展を可能にしました。

*小野の複眼は工業の悪を「信ずるに足る壮大な不安」と呼ぶ。人間も鳥も棲めなくなった世界を見て「またいい」という。なぜか。ここで公害問題や経済高度成長などをもちだしてみても、それは意味がない。このような意図的反語を正確に理解するためには、どうしても小野の「夢」を、「夢」を支える「複眼」を知悉する必要がある。小野が重工業を讃美していると単純に考えてはならない。「工業について私が知るところは、それはいま何かのアンチ・テーゼだということだ」と小野は『詩論』43で記している。「いま」何かのアンチ・テーゼなのだ。これはまさに自覚された「偏向」といえる。
「詩とは偏向する勁さのことだ」と小野は『詩論』89で記しているが、その「偏向する勁さ」である。戦争の悪寒のただなかにあって「歌」を
抒情」を「精神主義」を
自然観照」を徹底的に憎悪し、むしろ「物」に「葦」に「工業」に執することを自らに課する勁さである。《安》

2017年5月24日水曜日

重工業抄

   重工業抄

生国不詳
昨日私はここに来たやうでもあるし
何十年も昔からここにゐるやうな気もする。
年齢だつてさだかではない。
まだ若いといふ人もゐるが
記憶は朦朧としてゐる。
ただ前方に枯れた葦原があり
背後に暗い大きな海があつた。
葦原には鳥たちも啼いてゐた。
ところどころに家らしいものも建つてゐたが寥しかつた。
無人の野に一列の電柱がはしつてゐた。
その頃だらう。一粒の種子が
この荒漠たる岸に流れついた。
そして孤独にこの国の草の根のからんだ柔かい土から萌え出た。
それは昨日のやうでもあるし
何十年も前の出来事のやうでもある。
昔、海だつたあたりも
いつしかこんなに遠く海からはなれてしまつた。
葦原のまん中だと思つてゐたが
どうしていまは仲間が増えてこの通りだ。
かつてこの国の岸が私にとつてさうであつたやうに
人々はまだ私になじまない。
ひよつとするとこの国の人は私たちが嫌ひなのかも知れない。
私たちはほんとうにこの国が好きなのに。
こんなに居心地のよい土地はいま世界の何処にあるだらう。
私たちはやうやく
この国の自然の中に自生して
生国不詳の悲しさを
忘れてゐる。


「重工業」は、産業構造をとらえる際の概念の一つ。常識的には製造工業を中心に近代工業を2つに大別して、軽工業と重工業としてとらえるところから出発していますが、産業の実体の発展や経済理論の進歩につれてその定義はかなり変化しています。

通常、重工業という場合は、金属、機械、化学の三大工業部門を中心に資本財生産、投資財生産、あるいは生産財生産に重点をおいた工業領域をさしますが、実際的な用語法ではさらに厳密に「厳格に用いる場合は鉄鋼および石炭工業に限られる」とする見解もあります。

鉄鋼、金属工業などに機械工業を加えたものを重工業とし、これに化学工業を加えて重化学工業と呼びならわす用語法もあります。この場合は重工業の領域としては鉄鋼1次製品、鋳鍛鋼、圧延鋼材、金属2次製品、非鉄金属、産業用一般機械、精密機械、産業用電気機械、民生用軽電機械、自動車、船舶、車両などを中心としています。

このような重工業ないし重化学工業という概念で産業をとらえるのは、経済発展と産業構造の関係を理論的、政策的に的確に追究するねらいの場合が多いものの、国によりまた発展段階によって実情が異なるので、過度に厳密に理解したり固定的に考察することはできません。

*「人々が私になじまない」ということはどういうことか。そして、「こんなに居心地がよい土地は他にない」というのはどういうことか。擬人法によって滑らかに重工業に語らせつつも、重工業を見る小野の眼はあきらかに複眼的である。《安》

2017年5月23日火曜日

人造石油工場一つ

   人造石油工場一つ

錆びた鉄路の間で
月見草は年々その種を絶やしてゆく。
アルミニュームペイントを塗つた
銀灰色の巨大な球が
灼けた砂の上にならぶ。
通俗科学書が説く
太陽熱や潮汐の利用などといふことは私を少しも興奮させない。
私の空想は極めて控へ目だ。
もう二三十年もたてばこの地上から掘りつくされるといふあの生臭い真黒な泥を未来だと云つてゐる。
海を見よ。
あきらかに
一つの設計が
そこに創まるとき
地上の風景は心憎きまで荒廃して見える。
私は 物より
わづかに早く
そこにゆかう。
発明や
資本や
鉄骨や軌道の集積より
わづかに早く。


「人造石油」は、石油以外の化石資源すなわち石炭、オイルシェール(油母頁岩)などを加工して得られる石油代用燃料のことです。石油資源の乏しいドイツなどで開発された技術で、第2次大戦ではドイツの年間総需要の30%、500万トンもの人造石油が製造されたそうです(写真は、ドイツ・IGファルベン社の人造石油プラント)。

日本でも満州(中国東北部)、朝鮮半島、樺太(サハリン)、北海道など18か所の人造石油工場を建設、1941~1944年の間に年産20万トン余りを生産していますが、完全な工業化に至る前に終戦となりました。

石炭も石油も主成分は炭素と水素です。水素が石油には13%以上含まれますが、石炭は5%以下です。石炭に水素を添加することによって石油類似の炭化水素に転換しようとするのが、石炭の直接液化法(水素添加法)です。

この方法で1913年、ドイツのベルギウスは直接に石炭を石油に変えることに成功しました。微粉砕した石炭に石炭液化の工程でできた重質油を50%以上加え、鉄系の触媒を数%混ぜた石炭ペーストを、反応温度450~470℃、水素圧力300~700気圧の反応塔に送入して反応させると石炭の大部分が人造石油に転換します。

1927年に初めてドイツのロイナに年産10万トン規模の本格的な液化工場が建設され、第2次大戦中の1943年には五つの液化工場から150万トンの内燃機関用燃料が生産されました。

日本でも1923(大正12)年に、燃料研究所と徳山海軍燃料廠で研究が始まり、大戦中には満鉄撫順と朝鮮人造石油阿吾地で、1日の石炭処理量がそれぞれ50トンと100トンの試験工場が稼動しましたが、大量生産には至りませんでした。

*人造石油工場とは文字通り石油を人造する工場であって、今日全盛の石油化学の工場ではない。小野は私の空想は極めて控え目だといいつつ海に人造石油工場一つを見る。そして「物よりわづかに早くそこへゆかう」という。安東次男がこの詩にかかわって「小野十三郎の詩を解く鍵はこの願望の持続の度合いとそれが採る姿を見定めるところにかかっている、といってもよい」と示唆している。「物よりわづかに早く」という詩句にこの詩の「夢」の重味がはかられているといっていいだろう。

2017年5月22日月曜日

葦の地方(五)

   葦の地方(五)

風の中に
煙がみだれる。

おれが草だつて。
むしろ鉱物だよ。
地に突き刺さつた幾億千万本のガラス管(チユーブ)

ひよつとすると
ああ、これはもう日本ぢやないぞ。


ふつう、溶融法でつくられた、ケイ酸塩、ホウ酸塩、リン酸塩など無機酸化物で、非晶質固体状態にあるものをガラスと称します。

地球上に初めて現れたガラスは、自然がつくりだした黒曜石といわれます。火山から噴出した溶岩が急冷されるとガラス質になるものがあります。光沢があり、割れやすく、薄い部分は光にかざすと深い紫色に見えたりします。

紀元前1世紀ごろ、軟らかいガラスを鉄パイプの先に付け吹いて中空の器をつくる技術が現れました。しかし日本では明治時代になるまで、日常生活のなかにガラスが取り込まれることはありませんでした。

ガラスの特徴の一つに、成形、加工しやすく、菅状、板状、瓶状など、自由な形状をつくることができる性質があります。

蛍光灯のような「ガラス管」は、溶けたガラスを回転する円筒の周囲に巻き付けて融着させた後、円筒内部にガスを送りながら円筒周囲のガラスを引っ張ることによって管状に成形するそうです。

*ここにおいて葦はもはや植物ではなくてむしろ鉱物、幾億千万本のガラス管と化している。「風景(八)」で小野は「人の一生をもつてしても達し得ない地球の裏側よりも遠いところに」出てしまったが、ここでは小野は「これはもう日本じゃない」ところへ出てしまう。《安》

2017年5月21日日曜日

葦の地方(四)

   葦の地方(四)

いつか
地平には
ナトリユムの光源のやうな
美しい真黄な太陽が照る。
草木の影は黒く
何百年か何千年かの間
絶えて来ない
小鳥の群が
再びやつてくる
三角形状の
縁だけが顫動する金属板が
杳く
蒼空の中に光る。
機械はおそろしく発達して
地中にくぐり
見えない。
太古の羊歯のしづかさに
たちかへる。
やがて いつか
そんな日が
或はやつて来ないとはかぎらない。
ここにいささか余裕を生じ
心の平衡と
希望があつて
それらを緻密に計量出来るならば
この国の鉄には
この国の石炭や石油には
この国の酸素や窒素
塩酸や硝酸や二硫化炭素にはそれだけの用意もあるだらう。
羊歯の葉つぱや
鳥たちの純粋な飛翔のやうな
何か おそろしくしづかな
杳い夢のやうなものも
或は。


「ナトリユムの光源」とは、ナトリウム蒸気中のアーク放電によって放射される光を利用したナトリウムランプのようなものを想定しているのでしょう。ナトリウムランプは、低圧ナトリウムランプと高圧ナトリウムランプとに大別されます。

①低圧ナトリウムランプ ナトリウムの蒸気圧を約0.5パスカルとしたもの。もっとも効率よくナトリウムのD線(589.0と589.6ナノメートル)を発光する橙黄(とうこう)色のランプです。1932年にオランダのホルストによって実用的なランプが完成。日本では1934(昭和9)年に実用化され、1957(昭和32)年から普及しました。ランプの構造は、ナトリウム蒸気に侵されない特殊ガラスを発光管とし、これをU字形に曲げ、ナトリウム金属と始動補助用ガスとしてネオンと少量のアルゴンの混合ガスを封入します。効率は実用光源のなかでもっとも高い(175ルーメン/ワット)ものの、橙黄色の単色光なので、演色性が非常に悪いため、トンネルなどの照明など使用は限られています。

②高圧ナトリウムランプは、黄白色の光で、実用白色光源のなかでもっとも効率が高い(400ワットで115~140ルーメン/ワット)。1963年アメリカで高温のナトリウム蒸気に耐える透光性アルミナセラミックス発光管が開発され、ナトリウムの蒸気圧をあげることにより実用化されました。日本では1969年に完成しています。ランプの構造は、透光性アルミナセラミックス発光管の両端に電極をセラミックキャップまたはニオブ金属キャップで封止して発光管とし、これにナトリウムのほか水銀、始動用のキセノンガスなどが封入されています。道路などの屋外一般照明や高天井の工場照明、スポーツ照明に多く使用されるようになりました。

*安東次男が『日本の詩歌』第20巻(中央公論社)の解説で「作者の希望というよりは、ありうべからざること、そんな日が来ることはありえない、と知っての空想のたのしみである。そこに小野のニヒリズムの深さを読むのでなければ、この詩はおよそ無思想、無内容なものとなろう」と述べている。「ありうべからざることを知ってのうえでの空想」という指摘は正確である。ではなぜ小野は「空想」にふけるのか。小野は自作解説をして「本来人類の福祉にこうけんすべき重工業の発展と、それの現実の姿の対比を、近づいてくる戦争の危機の予感の中でとらえようとする」ところにこの詩の主題があったと述べている。なるほどそうであるが、それにしても、「羊歯の葉っぱ」とか「鳥たちの純粋な飛翔」にやっとたとえてみせた「何かおそろしくしづかな杳い夢のやうなもの」というこの確かではあるが低い発声は、あきらかに醒めて「夢」みるものの所為に他ならないだろう。中央部で、「その日がやって来るだろう」とはもちろん書きえず、「やがて」「いつか」「そんな」日が「或は」やって「来ない」「とは」「かぎらない」と書きとめたこの息づかいもまた発するところ同じであるだろう。「葦の地方」を見据えてきた小野を襲いつづけた「戦争」は小野の意識を二重三重に遮断し、視線を二度三度屈折させずにはおかなかったのだろう。
 尚「三角形状の……」以下4行はフランスの小説家グスタブ・フロオベエルの『聖アントワヌの誘惑』の中にある砂漠の上を渡る渡り鳥の描写の一節で、砂漠といくらか似ている大工場地帯の葦原の未来風景の描写に借用したという。《安》

2017年5月20日土曜日

今日の羊歯

   今日の羊歯

海近く
地は劃られてゐる。
冬陽が射してしづかだ。
大気はかすかに硫酸銅を含み
そこには鉄と電気とカーバイトがゐる。
見よ、赤錆びた葦を。
炭化する羊歯のやうに
この索寞とした原へ
徐々に精神の同化を完了してゆく禾本科植物。
それからすでに透きとほつた或種の小鳥、蜻蛉、蜆蝶。
そいつらの小さな魂たち。
人間はずうつとまだおくれてゆく。


「禾本」(かほん)は、イネ科植物のことです。イネ科の特徴は、一般に節があって中空の幹 (稈) があり、線形の長い葉は平行脈で下半部は鞘をなし、葉鞘と葉身の境に膜状の葉舌があります。花は小さな花の集りである小穂と呼ばれる独特の構造をもちます。小穂には包穎、外花穎、内花穎などがあり、内花穎に包まれておしべとめしべがあり、これが熟したものが穎果です。

「蜆蝶」(シジミチョウ)=写真、wiki=は、鱗翅目シジミチョウ科に属する昆虫の総称。開張1.4~6.5cm。世界に約5500種が知られています。日本には、アカシジミ、ウラギンシジミ、ウラナミシジミ、ゴイシシジミ、トラフシジミ、ヤマトシジミなど約70種が土着しています。小さなシジミを開いたような感じがするのに、その名の由来があります。青、緑、赤などの美しい金属光沢をもつ種類が多いが、オスに比べメスの色彩は地味です。

*昭和15年に山雅房から出た『現代詩人全集』第1巻に小野は「今日の羊歯」と題して一群の詩を発表したが、そのプロローグに次のように書いた。「人がそれを歴史とよぶところのものには何かしら私をゾッとさせるものがある。追っ立てられるように私は明日へ向って避難をこころみる。私の羊歯や鱗木や三葉虫へ。私は性来好戦的だが、ただもう少ししずけさがほしいのだ」。このなかにある「明日」という言葉を「夢」といってもいい。「夢」のなかで葦も小鳥も蜻蛉も蜆蝶も徐々に「葦の地方」の「もの」と同化していく。人間のみが「ずうつとまだおくれてゆく」のだ。「もの」に同化しきれないでいつまでも「精神」にひきずられているというのだ。《安》

2017年5月19日金曜日

自然嫌い

   自然嫌い

木の名も
草の名も
あまり知らない。
鳥の名も昆虫の名も知らない。
みな忘れた。
おそろしく不正確な知識と記憶をたどつて
野外の草木を見る。農作物を指さす。
小鳥たちの名を呼ぶ。
自然は応へない。
私はもう永い間それなしですませたのだ。
今朝、私はあの埋立地で
ふいにひばりのやうなものが天に舞ひ上るのを見た。
 (多分あれはひばりだらう)
世界には木も草も鳥も昆虫も存在しない。
完全な記憶喪失の中で
モリだとか ノグチだとか
アユカワだとか
そんな名前をたくさんおぼえた。


「モリだとか ノグチだとか/アユカワだとか」というのは、当時の新興財閥の名前をあげています。

森コンツェルンは、森矗昶 (のぶてる)=写真、wiki= が日中戦争にいたる過程で形成した新興化学財閥。森は1926年日本沃度を設立してアルミ工業に主力を置き、28年には昭和肥料を設立して余剰電力を活用した電気化学、冶金分野へ進出します。

日本沃度は当時の軍需インフレーションに伴って急成長し、34年日本電気工業と改称するとともに傘下に昭和鉱業、樺太炭業、昭和火薬を設立し、35年には宝城興業を直系傘下企業とします。さらに、東信電気、昭和肥料も傘下に加えてコンツェルンを形成しました。

37年には、これらコンツェルンの持株会社森興業 (1922設立) の傘下企業は 27社を数えるにいたっています。第2次世界大戦後の財閥解体によって森コンツェルンも崩壊しました。

第2次世界大戦末まで日本最大の化学工業財閥が、野口コンツェルン(日窒コンツェルン)。1906年野口遵が設立した小電力会社、曾木電気が前身で、08年日本窒素肥料と社名変更し、フランク=カロ法による石灰窒素やカザレー法による硫酸アンモニウムの製造に成功してその発展の基礎が築かれました。

その後日本で初めての空中窒素固定工場の建設、キュプラ糸「ベンベルグ」製造の成功など技術開発に努める一方で、1920年代中期から朝鮮に進出し、水源開発によって得た豊富な電力を利用して窒素肥料を中心とした多くの化学工業を興しました。

41年には直系だけでも 30社、資本金総額 3億5000万円の大コンツェルンに発展した。第2次世界大戦後、外地の資産を喪失し、コンツェルンは解体されるとともに日本窒素肥料は第二会社新日本窒素肥料として再発足、また旭化成工業、積水化学工業などに解体されました。

鮎川財閥(日産コンツェルン)は、1910年戸畑鋳物を設立した鮎川義介が、経営不振となった久原鉱業の再建を依嘱されて社長に就任、28年に日本産業 (資本金 7500万円) と改称して公開持株会社に改組したことにはじまります。

29年鉱業部門を分離して日本鉱業を設立、以来多くの会社の吸収合併、新規設立、直轄事業の分離などを重ねて、37年には日本鉱業、日立製作所、日産自動車、日本水産、日本コロムビア、日産化学工業、日本油脂、樺太汽船、大同火災海上保険など重工業を中心とした 18の直系会社、130の傍系会社をもつコンツェルンに成長しました。

37年には本社を満州に移し、満州重工業開発 (資本金 4500万円) と改称して南満州鉄道株式会社 (満鉄) の重工業関係部門を引継ぐとともに、昭和製鋼、満州炭鉱、満州軽金属製造、同和自動車、満州飛行機製造、満州投資証券などを設立し、日本の満州における植民地経済の中核的存在となりました。第2次世界大戦後の財閥解体の際には直系会社を含む資本金総額は 17億円をこえていたといいます。

*木の名も草の名も鳥の名も昆虫の名もみな忘れたとはどういうことか。世界に木も草も鳥も昆虫も存在しないとはどういうことか。もちろんこれは、単に忘れたのではない。忘れようとして忘れたか、無理に忘れさせられたかのどちらかである。単に存在しなくなったのではない。存在できぬようにされたか、存在しないのだと思いこみ思い定めて
いるかのどちらかである。この意図的な事態はなにごとであろうか。「モリ」「ノグチ」「アユカワ」という名前が当時の新興財閥の名前であったということを知るとき、この作品の意図は急に判明する。《安》