2017年11月17日金曜日

新語蒐集狂

8カ月にわたった毎日小野十三郎の詩を一篇ずつ読んで来ましたが、ここでしばらく「休刊」ということにさせていただきたいと思います。このブログの内容の一部は、後日、ていねいに編集し直して、私の別のブログで「再読」する予定でおります。よろしくお願いします。

最後に、小野という詩人を体現しているとも思えるは『新日本文学』の一九五七年八月号に発表された「新語蒐集狂」という詩を読みます。

     新語蒐集狂

  そうか。
  それは人に強い印象をあたえるよりも
  すこしばかり滑稽か。
  笑つているやつがいる。
  このカタカナ、イングリツシユ。
  ストリンチユム90なんてのは、詩のことばとして。
  だが、それをおぼえると
  おれはそれをおれの暗室からひきだして
  詩のことばとする。
  おれはいきなりそいつに食いつくのだ。世界のだれよりも
  早く。
  ストロンチユム90。ひびきはよくない。
  いやなオクターブ
  おそらく君の舌には合うまいが
  それは それだけの味がある。
  おれは それでもつて
  愛する女たちのために
  一篇の詩を書こう。
  その化学方程式の枝つぷりは
  春さきの寒い風の中で
  土にしがみついているたんぽぽのロゼツトのようなかたちをしている。すなわち抒情詩だ。
  それはゆりかごの中でねむつている赤ん坊の骨に集まつて、骨髄を犯す。すなわち童謡だ。
  マルケサス群島で
  土人が釣りあげたかじきまぐろの臓腑の中でうたつているそれは民謡だ。
  セシウム137は
  一リツトル当り〇・〇一マクロ・キユウリーで口笛を吹いている。
  すなわちそれは牧歌だ。
  莢隠元の蔓や毛根の中にかくれている詩。
  ゆりかごの赤ん坊の骨の中にある詩。
  ストロンチウム90。セシウム137。
  おれは世界のどんな詩人よりも早く
  ひびきの悪い
  これらのカタカナ、イングリシツシユを駆使して
  愛する女たちや
  小さい子どもたちのためにうたう。
  マルケサス群島の土人や、肥つたまだらの乳牛のために
  詩を書くのだ。

  夜に日をついで
  日本語の組織と構造をゆるがす
  カタカナ、イングリツシユよ。
  そこは真暗だが、わが言葉の穀倉は充満している。
  巨大なパイプを通して
  その上からさらに生れたての新語が山と降り積む。
    誘導弾ナイキ。コーポラル。タロス。テリヤ。ラクロス。フアルコン。スパロー。サイドワインダー。
    レツドストーン。スナーク。
    アトラス。タイタン……


「ストロンチウム90」は、質量数90の放射性同位体で、核分裂生成物の主成分の一つとして原子炉内で生成します。半減期29年でβ(ベータ)崩壊して、半減期64時間のβ放射体イットリウム90に変わります。β線源およびトレーサーとして利用。核爆発実験で生成し、大気中に放出されたものが人体に入ると、カルシウムとともに骨に集まり、長期にわたって造血臓器を冒すことになるので、人体にとってはもっとも危険な放射性核種の一つとされます。






2017年11月16日木曜日

葦の地方(八)

     葦の地方(八)

  風はここに
  びゅうびゅう吹き荒れている。
  いまは二時ごろだろう。
  きみはもう灯りを消してねたか。
  まだねむれないでいるか。
  ねむらないままに
  かけぶとんのえりから髪の毛だけのぞかせて
  そうしてまだ考えごとをしているのか。
  ぼろアパートの屋根の上を
  ななめに切る高圧線は
  真暗な夜の空に弧を描き
  ここにきて この鉄塔の
  碍子の皿にブンとまきついている。
  海から押してくる千ボルトの電圧をながして。


「高圧線」は、高電圧の送電線、配電線をいいます。電気設備技術基準(通産省令)では、交流の場合600Vをこえ7000V以下を高圧、7000Vをこえるものを特別高圧と定めていますが、一般に高圧線と呼ばれているものは特別高圧架空電線路に対応するものが大部分です。送電線で電圧の高いほうは、日本では275kVを超高圧、500kVを超々高圧、将来の1000kVをUHVと呼んでいるので、高圧送電線というのは現在実際に使用されている電圧では154kV以下ということになりますが、一般用語としての高圧線はこれらすべてを含んでいると思われます。=世界大百科事典(第2版)

送電用の「鉄塔」は、架渉線(電線や架空地線など)を支持する構造物ですが、我が国に初めて建設されたのは、1907年とされ、この間、高度経済成長による電力需要の増加と環境面ならびに土地の有効活用などから電源立地点が遠隔化するとともに電源規模の大容量化に伴い送電線も長距離・大容量化が必要となり、送電鉄塔は大型化してきています。 また近年、都市環境や自然環境との調和を考慮した送電線が求められ、これらに対応した送電鉄塔も建設されています。

日本では、古くから送電線用地取得の困難さを踏まえた建設コストの削減と供給信頼度の確保の面から、垂直2回線配列の四角鉄塔を採用することが多くなっています。四角鉄塔は垂直配列に用い四面同形であるため設計・製作面で効率的です。ほかに、相対する面が同形で主荷重方向の塔体幅を広くして軽量化した方形鉄塔、ウエスト部より下部を四面同形にしたえぼし型鉄塔、鉄道・道路などをまたいで建設する場合に用いている門型鉄塔などがあります。=電気学会誌(Vol. 118 (1998) No. 5 P.290-293)

2017年11月15日水曜日

葦の地方(七)

     葦の地方(七)

  あわてるな、と思った。
  ここは形勢観望だ。
  ガラスというガラスはふっとんだまま
  梁の鉄骨はひん曲っているが
  大穴のあいた天井には
  亜鉛板をうちつけて
  通風装置も何もない暗いところで
  ぼつぼつとやっていたわけさ。
  大八車一台あれば
  やせ馬の尻をひっぱたいても
  酸素ボムベの十個ぐらいは持ってこられる。
  百瓲水圧プレスなんてやつはこいつはごまかせんから
  目録づきで進上してやったが
  錆のきた中古タレットなんかは
  まだ使えると思ったから
  こいつは藁菰でげんじゅうに包んで
  こっそりここに竪穴を掘って埋めておいたんだ。
  馬鹿正直は損だからな。
  万事この要領できりぬけてきたんだ。
  風あたりはめっぽう強かったが。
  どうだ、俺の計算に狂いはないだろう。
  時も場所も俺の見込み通りだ。
  まずはじめは
  車輛修理なんてところからきたな。
  おいでなすったなと思ったら
  あとは早いや。
  たちまちこんどは砲弾だ。
  五七ミリバズーカから
  迫撃砲、榴弾砲とだんだん注文は大きくなってきやがった。
  こうなりゃもうしめたもんだ。
  こっちのもんだ。
  この泥んこの道じゃと言ったら
  家をぶっつぶせ、道路をひろげろだ。
  手持の機械じゃ間に合いませんやと言や
  そら、要るだけなんぼでも持ってゆけだ。
  金はあるぞ、千八百二十億、足らんか。
  見るまに
  お化け煙突一つしか見えなかった地平から
  夜を日についで
  魔法の森のきのこのように
  にょきにょきにょきにょきと
  新型の重油タンクが
  いぶし銀に光って生えてきたわ。
  俺があのとき
  ここががまんだ、と
  くそおちつきにおちついていたわけがわかっただろう。
  さあ、やるよお前に、このながめを。
  待たせ賃に
  雲の割れ目から突込んでくる
  ジェット機の景物を
  一つそえて。


「水圧プレス」は、水圧によって材料の圧縮・押し出し・鍛造・切断などのプレス加工を行う機械。

「バズーカ」(Bazooka)は、アメリカ合衆国で開発された携帯式対戦車ロケット弾発射器の愛称。主に装甲戦闘車両やトーチカを攻撃するための兵器です。

1926年から1963年まで稼働した千住火力発電所には巨大な4本の煙突があり=写真、wiki、付近の住民から「お化け煙突」の名で呼ばれ、映画にも登場しました。見る方向によって煙突の数が1~4本と変化する「不思議な煙突」という意味です。

ほかに大阪市此花区西九条にあった関西電力春日出発電所内にも、1918年から1961年までの間、4本の煙突が2列、計8本並んでいて、やはり見る角度によって本数が異なって見えるので、周辺住民に「お化け煙突」と呼ばれました。

2017年11月14日火曜日

葦の地方(六)

     葦の地方(六)

  おや、見たことがあるわ。
  だれだったかな、きみは?
  忘れたの? わたしよ。
  思いだせんなァ。
  そら、寒いでしょう。これでも思いだせない?
  風の音か、きみは。
  まあそんなものかも知れないわ、その中にもいるから。
  何かなァ、風の中にいるもの。
  あなた、ずいぶんごぶさたね、いままでどこにいたの?
  おれか。すぐ近くさ。そんなに遠くへいけんよ。
  なんだ、そんならくればよいのに。
  きみはずっとここにいたんか。
  いたわ、いくとこないもの、わたし。ずっとここ。
  夜も昼も?
  夜も昼も、ここにいたわ。
  きみが何だったか、待てよ、思いだせそうな気がする
   ………そうだ、翅があるね、きみには。
  翅ね、いまにわかるわ。
  子供みたいだな、そういうきみの声はかあいらしくって。
  子供よ。
  いや、ほんとうにそう思うんだ。
  あなたから見れば、まァ子供ね。子供よ。あなたも子供みたい、ね、おしえて、ほんとうにどこにいたの? あんなに毎日毎日きてここにぼんやり立っていたのに。
  別にわけはないさ。
  うまいこといってる。あいそづかしね。
  やってきても第一きみがいるやらいないやらわからないじゃないか。
  わたしはいるわよ。どうして姿をくらませて?
  それはきみには翅があるから。
  なんだ! こんな翅。
  それでも飛べる! 飛んでごらん、飛べるよ。
  そら、水が動いた! 枯葦がゆれる! 高圧線の碍子の皿が光る!
  あれがわたし?
  そうだ、きみが飛んでるからからさ。
  ちがう! わたしじゃない。
  いや、きみだよ。
  ちがうのよ、あれは。
  じゃ一体きみは何なんだ。
  ここにいるだけなの。ただ。
  だからさ、きいてるんだ。
  思いださせないのね。ならかまわないわ。
  風の音の中にもいると言ったね、風の音の中にいるもの、風の音の中に………

  いまに思いだすわ。
  いやでも。


これから3日間にわたり、1956(昭和31)年に刊行された第9詩集『重油富士』に掲載された「葦の地方」と題された作品を読みます。「抒情の力学」の場となった、これまでに読んだ「葦の地方」の(一)から(五)とは趣きが異ります。対話風の「葦の地方(六)」は、「風の音」「風の中にいる」「翅があるね、きみには」など、よくある歌の抒情に戻ってしまった感じがしてきます。

「高圧線」すなわち架空送電は、鉄塔、電線、「碍子」(がいし)でできています。電圧を高くして電気を送るため、鉄塔で地上から高いところに電線を支えて、碍子で絶縁します。雷、台風、氷雪、豪雨などのときでも確実に電気を送ることができるように工夫されています。

電線をささえるものには鉄塔、鉄柱、鉄筋コンクリート柱、木柱などがありますが、強度と信頼性が高いため、主として送電線には鉄塔が使われます。送電線が直線部分の鉄塔は「懸垂型」、送電線に角度がついた鉄塔には「耐張型引留め鉄塔」が使われています。また、地上高60m以上のものは、赤白に塗り分けられたり、航空障害灯としてフラッシュライトがつけられています。

「碍子」=写真=は、送電線、配電線などの電気の流れる電線と鉄塔・電柱とを絶縁するためのもので、高い絶縁能力と大きな強度が必要です。がいしは、太陽光や温度変化による自然劣化が少ない磁器製が使われています。がいしには電線の重量や電線を張る力、そして風圧などの大きな力がかかります。一列のがいしで強さが足らない時は、二連、三連と並列に増やしていきます。また、電圧を高くする時は直列に連結していきます。

架空送電線は、碍子で絶縁されているため、絶縁電線ではなく、裸線を使用しています。一般に鋼心アルミより線や裸硬銅より線が使われています。

2017年11月13日月曜日

深いところから

   深いところから

地下鉄H駅の
いつも上る深い階段を上ると
妙なところに出た。
街通りではなかった。
だだっ広い葦原のまん中だった。
ここはいつから
方角もわからないこんな場所になったのか。
大方は枯れつくした葦が
遠くまでかさかさ風にゆれている。
少しはなれた向うにも
野井戸のような穴があった。
やはり地下鉄の他の出口らしいが
そこからもぽつりと人が一人上ってきた。
おれを見て手を振っている。
おまえもまたここにきたのかという様子だ。
世界と相わたるところで
いま自分の存在の位置を知るために
信号灯や並木路もないこんなところへ
地の下の深いところから上ってこなければならないのだ。
手を握っている影は
やがて先へ動き出した。
行先はどこかわからないが
当然みたいにおれもあとを追っていく。
見わたすかぎり
この葦原の上の空は
地平まで
異様に赤い。


「地下鉄」の歴史は、1863年1月、イギリス・ロンドンで、メトロポリタン鉄道のパディントン駅からファリンドン駅の間、約6kmが開通したのにはじまります=写真、wiki。地下鉄の建設方法には、開削工法(オープンカット工法)、シールド工法などがあります。この詩からは、開削工法がイメージされます。

開削工法は、地面の土を掘り返し、路線を建設した後に埋めなおす方法で、1980年代まで世界各地の地下構造物の建設工法として主流でした。ただ、地面を開削することに起因する制約も多く、地面から深い場所や路線の上に建造物や河川などがある場合は用いることができません。

京都のように地下に多くの遺跡がある都市では、工事の前に埋蔵文化財の発掘調査が必要になったり、道路上を開削するため道路交通の障害になるという問題もあります。

シールド工法は、横から掘り進むことによってトンネルを掘る方法。地下鉄の深さまで垂直に穴を掘った後、路線を建設する予定の空間にシールドマシンと呼ばれる円筒状の機械で掘り進みながらトンネルをつくっていきます。

2017年11月12日日曜日

捕虫網を持った子ども

   捕虫網を持った子ども

工場地に
大きくひろがってる葦原を
一眼見ると
おれは詩が書けた時代があった。
人間の影がある作に
トンボを捕りにきた子どもを一人配した
「北西の葦原」というのがある。
あのときのように
言いたいことはたくさんあるが
また意味づけがない叙景でしか
ものが言えないときがまぢかにきている。
だが、いまは
おれが知ってる海には
葦の原っぱなんかもう残っていない。
ただ空漠たるところに
白い捕虫網を持った少年が
銀ヤンマを指の間にはさんで
立っているだけである。


「銀ヤンマ」=写真、wiki=は、体長7センチほどの大型のトンボ。緑色の胸部にオリーブ色または褐色の腹部をもちます。日本全国から中国に見られますが、渡洋移動性があり、北海道では定着しているかどうかよくわからないようです。5~9月ころを通じて羽化するが,盛夏にもっとも多い。未熟の成虫は昼間空地の上空1~2mの高さを摂食飛翔(ひしよう)するが,老熟虫は池沼にきて雌を求める。

幼虫は低地の池や沼、流れがないかごく緩い淡水域で育ち、成虫は4~11月ごろ発生し、昼間に水域の上空を飛び回ります。高速で飛ぶうえ、ホバリングなどもこなします。

幼虫は水中でミジンコ、アカムシ、ボウフラなどを食べて成長。大きくなると、メダカなどの小魚やオタマジャクシなど食べるようになります。

脱皮を13回行い、成長した幼虫は緑褐色で体毛は少なく、前後に細長いヘチマの実のような形をしています。終齢幼虫は夜に上陸し、地面と垂直な場所で羽化。翅と腹を伸ばして朝になると飛び立ちます。

2017年11月11日土曜日

落下する道

   落下する道

陽かげは続く
風は寒く
この黄昏の崖のはざまは
前もうしろも
バス、乗用車、トラック、タンクローリイのじゅずつながり。
ムービングウオークの
ながれるベルトのように
も少し先で
行く道は おれも乗せて
あっというまに
まだいま見えている落日の崖もろとも
地下深く吸いこまれて
世界から消えてしまう。
明日なんかない時間に
なおも押しよせ、押しよせる。
陸橋の下も
隧道の中も
ゲートの前も
なんとなんと ここは
永遠に動きもとれぬ車の列。
先廻りして
落ちた地底の道で云っておこう。
御一行、明けまして……


踏み面が階段状にならない水平型エスカレーター「ムービングウオーク」(動く歩道)は、踏み面の角度は水平になっているものと、緩やかな坂状になっているものとがあります。

日本では1970(昭和45)年の日本万国博覧会(大阪万博)以降、一般的になりました。坂状になっているものはエスカレーターと同様、主に建物の各階や比較的大きな段差の移動に利用されます。

三菱電機では「トラベーター」と呼び、傾斜しているタイプをオートスロープと呼ぶこともあります。型式も、エスカレーターの水平化であるパレット式とベルトコンベアのゴムベルト式に二種類があるそうです。

「陸橋」は、陸地のくぼみや線路・道路の上などを渡るために設けられた橋、りくばし。あるいは、アラスカ・シベリア間のベーリング陸橋のように地殻変動や海面低下のために大陸や島がつながり、生物が移動できるようになった細長い陸地をいうこともあります。