2017年7月21日金曜日

重油富士

   重油富士

晩の十時に
こちらを発つと
あすこを通るのは
ちょうど夜あけがただ。
夏も冬も
富士はもういやほど見ているからめずらしくはないが
それでも雨がふっていたり
曇っていて見えないとさびしい。
このあいだはつつぬけの快晴だった。
頂上までよく見えた。
急停車のショックで
眼がさめたら
この野郎なんと妙なところにいたな。
ネバダ州だ。
横腹に
日本陸運産業ジェットガソリンと文字がはいった
大型油槽貨車の円蓋の上に
白扇逆しま。


「日本陸運産業」は、昭和21年(1946)に設立された物流会社。石油製品・化学品の輸送・保管を中心に、国内・国際物流を展開、輸送容器のリース・レンタル・販売も手がけています。本社は東京都千代田区神田錦町。平成20(2008)年に、株式会社日陸という社名に変更されました。

「ジェットガソリン」は、ジェット機用の航空燃料。主として灯油と重質ガソリンとの混合物が用いられます。

「白扇逆しま」は、下にあげる石川丈山の詩「富士山」の一行「白扇倒に懸かる」によるもので、富士山が雪に覆われてそびえている姿を形容しています。

仙客来り遊ぶ 雲外の巓
神龍栖み老ゆ 洞中の淵
雪は紈素の如く 煙は柄の如し
白扇倒に懸かる 東海の天

*眼がさめて見た富士はアメリカへひっこしていた。いやアメリカが富士の裾野へ乗りこんできている。戦争のための重油を運ぶ貨車の円蓋の上に切りとられたように妙に小さく鮮明に乗っている富士山を見たときの怒りが「白扇逆しま」という一句に凍りついている。「この野郎なんと妙なところにいたな」という一行には心の揺れの幅が巧みに反映している。タイトルポエムにふさわしい作品である。《安》

2017年7月20日木曜日

虫の声

   虫の声

窓をあけると
夜目にもしるく
Caution. Inflammable.
長大油槽貨車四輌つらなって視界をさえぎる。
深夜二時。
虫の声しきりなるところ。


きょうから、昭和31(1956)年4月に東京創元社から発行された第9詩集『重油富士』に入ります。

「Caution」は、用心、警戒、警告、慎重、など、「Inflammable」は、燃えやすい、可燃性の、引火性の、といった意味です。

「油槽」は、石油やガソリンなどを貯蔵する大きなタンク。「油槽貨車」は、いわゆるタンク車。鋼材を組み合わせた台枠上に、積載装置である円筒形のタンクを搭載します。

積荷の液体、気体、粉粒状の物質は、直接タンク内に注入されて運搬(バルキー輸送)されます。タンク体を頑丈に作って強度を持たせ、台車取り付け部の枕梁と端梁、そしてタンク体を強く連結するフレームレス構造のタキ9900形が1962年に登場しました。

*「深夜富士の裾野とおぼしきあたりの駅の構内にとまっている油槽貨車の列を歌った」(小野)この作品は、横文字を記した貨車の積まれたものがなぜここにあるのか、何に使用されるのかということを抜きにしては考えられない。《安》

2017年7月19日水曜日

雀の木

   雀の木

夕暮。
六万体の焼あとの
さびしい丘の上で
逆光の中に
木々が震動している。
みればおびただしい雀だ。
なんだ、大阪の雀たちはこんなところで眠るのか。
遠く美術館の森の方にも
音叉のように
それに呼応している木がある。


大阪についてそれまでに書かれた詩のアンソロジーである第8詩集『大阪』(昭和28年6月、創元社版)に掲載されている作品です。

「六万体」は、大阪の要所、上町台地の中部にある天王寺区の町名。太平洋戦争による空襲で一帯は焼け野原となりました。吉祥寺(曹洞宗)、上島鬼貫墓所などもあります。

「遠く美術館の森」というのは、天王寺公園のなかにある大阪市立美術館=写真=のことでしょうか。昭和11(1936)年5月開館。もともと住友家の本邸があり、美術館の建設を目的に庭園(慶沢園)とともに大阪市に寄贈されたそうです。

大阪市立美術館は、六万体の南、ざっと1キロくらいのところにあります。

*(詩集の)表紙カバーの折り返しに藤沢恒夫と中野重治が書いている。中野の文を一部ここに抜いておく。
「(1939年の『大阪』には)戦争の大きな空気のなかで、大阪という都市、その郊外、その人間と風景とがおそろしい勢で変貌して行くすがた、それが、それに対する詩人の一こくで、しかし澄んだ肉眼を通してそこに示されていた。それは全くあたらしい、水上滝太郎のとも、谷崎潤一郎のとも、あるいは藤沢恒夫のともちがった大阪であった。そうして、それにふさわしく、たとえば朝鮮人にふれて歌ったものなぞは、伏字にされたのであった。詩の言葉が削られたのであった。それは1939年であった。今や1953年であり、この『大阪』がさらに新作を加えて、1953年の、一そう正確には、1939年から53年にいたる『大阪』として印刷されることはわれわれを感動させる」。《安》

2017年7月18日火曜日

一本のろうそく

   一本のろうそく

すきま風に
ろうそくのほのおは
左右にゆれる
いまにも吹つ消えそうだ。
わたしは両の掌で、
ほのおをかこう。
ほのおは一ゆれして
またまつすぐに立ち直る。
闇の中を地ひびきをあげて
十頭の野牛がかけぬける。
風ははげしくなる。
灯は消してはならない。


日本で「ろうそく」が登場したのは奈良時代で、中国から輸入された蜜ろうそくだったと考えられています。平安時代になると松脂ろうそくの製造が始まり、その後、はぜの蝋や漆の蝋などを使った和ろうそくに変わります。江戸時代にはハゼノキが琉球から伝わり、外出用の提灯のための需要が増えたこともあって生産量が増えました。和ろうそくは裸で使うより提灯などに入れて使うことが多かったので、蝋が減っても炎の高さが変わりにくいように上の方が太く作られていました。

明治以降は、西洋ろうそくが輸入されて、その地位も取って代わられていきます。西洋ろうそくはもともと、溶けた蜜蝋の中に芯を浸しては引き上げ、冷ます、ということを何度も繰り返して次第に太くしてゆく方法で作られました。現在一般的に使われているものは、芯を入れた型の中に、主に石油パラフィンとステアリン酸の蝋を流し込んで一気に成形して作られているそうです。

*詩集『火呑む欅』を刊行した当時、小野は「灯を消してはならない」と云う必要を強く感じていたのだろう。十頭の野牛がかけぬけるイメージは鮮烈であるが、小野調でないのが気になって、たずねたところ、これはピカソの「ゲルニカ」のエッチング(複製)のなかの野牛だということだった。このエッチングは池田克巳からもらったもので、今も小野家の玄関の部屋を飾っている。

2017年7月17日月曜日

わがたてるところより

   わがたてるところより

風がふく。風がふく。
潮騒のような葦原の葦の葉ずれ。
その音は宇宙のどこできいても同じだろう。
わがたてるところより
ふきなびきよせてゆく大葦原。
この果に海はない。
遠く遠く無限に遠く
オークリッジまで
つづいている。


「オークリッジ」(Oak Ridge)は、アメリカ合衆国テネシー州東部の科学研究都市。1942年、マンハッタン計画によって、世界最初の原子爆弾用ウラン分離工場用地として町が建設されました。原子爆弾に使用するウラン235とプルトニウム239がここで開発されました。

オークリッジ国立研究所=写真=を中心に、核エネルギー、核物理の研究が行われています。原子炉施設、核燃料などの工場があるほか、45の大学による共同の原子力研究施設やアメリカ原子力エネルギー博物館があります。

「わがたてるところ」から「ふきなびきよせてゆく大葦原」は、この原爆開発都市にまで「つづいている」というのです。

*人をついには行動へ駆りたてる笛の音のような調子がここにはある。好きな詩だ。《安》

2017年7月16日日曜日

時計

   時計

子供が
美しい一個の腕時計を
掌の上にのせて
人ごみの中に立つていた。
彼の眼眸は凶悪な光をおびていたが
背中には可愛らしい二枚の翅があつた。
誰れがいま過ぎゆく時間について
正確な知識を持つているか。
俺はただ彼がうしろで
どや、スイスの十五石や
とよびかけるのを
きいただけだ。


「腕時計」などの機械式ムーブメントには、時計職人が、歯車用の軸受として摩擦を低減する「石」を入れているため、摩擦が最小限にとどめられています。もともとルビーが用いられましたが、近年では合成サファイアが用いられています。一般的に、時分秒を表示する標準的な機械式時計は原則として、摩擦による摩耗が最も起こりやすい場所に少なくとも15個の受け石、つまり「15石」を入れなければなりません。

時計産業は、17世紀に手工芸的な産業となり、イギリス、フランス、スイス間で激しい技術競争が起こりました。ところがフランスでは、ナントの勅令が1685年に廃止され、ユグノーが多かった時計職人たちは迫害を逃れてスイスへと移住します。そのためジュネーブ、さらにその北東のヌシャテルで時計産業が栄えるようになり、この2都市がスイス時計産業の中心となっていきました。日本製の腕時計が大量生産されるようになったのは20世紀に入ってからで、この詩が作られたころは時計と言えば何といっても「スイス」がブランドだったのでしょう。

*『大海辺』の「日本・冬物語」中に次のような一篇がある。
 自転車といふものはあれは何とも云へぬほど暗いものだ。
 近頃は農家の納屋を覗いても二台位置いてあるが。
 自転車工業などといふ言葉を聞くと私はゾツとする。
 夕暮。公園の横の板を上つていつたら
 チエンの錆びたボロ車体を舗道に立てかけてゐる男がゐて
 大将、五枚にまけとかうと云つた。(「自転車について」)
「誰れがいま過ぎゆく時間について正確な知識を持つているか」は、「自転車工業などといふ言葉を聞くと私はゾツとする」に対応しているが、並べてみると、敗戦直後とその後の時間経過を感じさせもする。
 「街角で」「時計」などの作品が「冬の海から」「舟幽霊」「不知火」などの作品とともに収められているところに、この詩集の成立した時代の困難が如実にうかがわれる。《安》

2017年7月15日土曜日

街角で

   街角で

死が
うつろな眼にきていた。
ぼくは見た。
まぎれもなく真昼間だが
もうとりかえしのつかない
洞穴のように深い大暗黒が
その痩せ細つた子供がへたばつている石だゝみのあたりから
下方に向つてたてに
つまり地面の下に向つて垂直にひろがつているのを。
それはじつにしずかで不動そのもので
ものすごい光景であつた。


ヒンドゥー教のシヴァ神の化身であるマハーカーラ=写真、wiki=の“マハー”とは、大(偉大)、“カーラ”は暗黒(黒)または時を意味し、大暗黒天大黒天と漢訳されます。青黒い身体に憤怒相をした護法善神です。日本では、神田明神の大黒天(大国天)像のように、神道の大国主と神仏習合した日本独自の神をさすこともあります。

最近では、宇宙の成り立ちを説明するうえで「暗黒物質」が欠かせないと考えられています。質量は持つものの電磁相互作用をしないため眼には見えない“暗い物質”。銀河系内に遍く存在してふつうの物質の約6倍もありますが、物質とはほとんど相互作用をしません。それが密集していると強い重力で近くを通る光を曲げ、遠くの天体の姿をゆがめて見せます。

*『抒情詩集』の「犬」では犬のイメージを借りてえがかれた餓死者が、この作品では直接的に深い悲しみと怒りをもってえがかれている。《安》