2017年4月17日月曜日

手帳から

   手帳から

病気にならうと
ときに気持がどう変らうとも
俺は帰るべきひとりの巣をもたない
何故なら俺はそこに無数の針を殖えつけてゐるからだ
生活の陰影を隈なく曝いてしまう強烈な光り!
そこに俺のゆく路が照らしだされる
愛するが故に憎みぬく
そこに鍛えらるべき俺の精神と肉体がある

何を勇敢と呼び何を卑怯と呼ぶか俺は知らない
たゞ俺は自らの退路を断つとき最もよく進み得ると云ふことを知つてゐる


退却する手段や道筋をなくすこと、どうやっても後に退けない状況にすることなどを意味する表現。

1920(大正9)年4月、大阪から上京した18歳の十三郎は、本郷界隈を転々とし、東洋大学に入学しましたが8カ月ほどで退学します。退学後も、郷里から月々多額の仕送りを受けて生活していました。

1923(大正12)年には、詩誌『赤と黒』が発刊。萩原恭次郎、岡本潤、壷井繁治、川崎長太郎らと交際を結びます。

白山上の電車通りにあった本屋「南天堂」の二階の喫茶酒場に夕方になると集まって、酒と議論と歌で気勢をあげ、大乱闘のあげく十三郎が二階の窓から外に放り出されることもあったとか。

バクーニン=写真、大杉栄などアナーキズムに関する内外の書を読みふけっていたのもこのころです。「退路を断つ」というのは、若い運動家たちがいかにも口にしそうな物言いです。

*自分に対する反逆を「退路を断つ」という決意を軸として捕えたものである。いずれも語勢がいつになく断言的であるのが、この場合かえって心情的なリアリティを感じさせる。《安》

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