2017年4月18日火曜日

やくそく

   やくそく

握手なら手間は取れまい
だが帽子を脱いでまたかぶると云ふやうなしぐさはすでにまだるつこい
ふり向きもしないでいつてしまふ奴は同志だ
いつまでも窓から首なんか出してゐる奴は敵だ
言葉が此の際何になる
兄弟と名のつく奴は世界の何処にゐたつて図太く笑つて生きて戦つてゆける奴だ
まるで機械ぢやないかなんて泣言は通らない
長つたらしい物の名なんかは以後すべてきりつとした略語で呼ぶべきだ
とにかく俺たちはムダな時間を持たなくなつた
今に見ろ、俺たちの約束を握手を省略する
そして俺たちは一層親密になる
盤石の工事がもつとどんどん積極的に進むやうになる。


「帽子を脱いでまたかぶると云ふやうなしぐさはすでにまだるつこい」「長つたらしい物の名なんかは以後すべてきりつとした略語で呼ぶべきだ」などと、余分なものはみんなはぎ取って闘おうと呼びかけています。

「同志」に「敵」という言葉は、最近はあまり耳にしませんが、この詩の同志は、社会主義革命という志を同じくする革命同志のことを言っているのでしょう。

フランス革命(1789-99)=写真=のとき、「同志」にあたる「Camarade」という言葉が、それまでの monsieur (我が主)や madame(我が婦人)に代わった革命勢力により使われはじめたそうです。

19世紀中ごろからは、社会主義運動で仲間を呼ぶ言葉としてドイツ語の Kamerad 、英語の Comradeなど、ヨーロッパ各地でで同志に当たる言葉が使われ始めました。

ロシアでも、別語源の「товарищ」 が使われ、1917年にソビエト連邦成立後、普及します。中国では、孫文が同志 (トンチー) という言葉を使い始めたとされているそうです。

1949年の中華人民共和国成立後も、中国国内で広く使われましたが、台湾で同性愛者間における呼びかけの言葉として使われるようになり、1990年代以降、中国国内でも古参の共産党員以外はあまり用いられなったとか。

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