2017年4月20日木曜日

横はつてゐるもの

   横はつてゐるもの

夜明だ
野の端まで霜が降りてゐる、が土はまだ棺の蓋だ
霜柱の下に無限大の燐のやうな蒼白い顔が横はつてゐる
「地を蹴つて起てよ!」
奴は全地上にのさばり反つてゐるので
どこが手だか足だかわからない
力のいれどころに困つてゐるのだ
奴は起たう起たうと藻掻き苦しみ
顰めつ面をし
身をゆすぶり
空に向つて唾を吐きかけたりしてゐる

棒つ切だつて空高く舞ひ上るのだ!


当時、十三郎が身を投じていた「アナキズム(anarchism)」は、第二次世界大戦前の日本では無政府主義と訳され、アナキストは直接行動やテロリズムを主張する過激思想の持ち主として恐れられていました。

しかし本来は、語源的にギリシア語の「α’ναρχο(アナルコス)」つまり「支配者がいない」ということばに由来し、権力的支配や国家、政府のような権力機関の存在を極端に嫌い、人間の自由に最高の価値を置く思想として位置づけられています。

アナキズムの思想が労働・社会運動、革命運動のなかで世間の注目を浴びるようになったのは、19世紀後半以降の社会主義とくにマルクス主義との対抗関係においてです。

近代資本主義の発展は、人間の間に経済的、社会的不平等をもたらし、この格差を維持するために自由の拡大も抑圧されました。このため19世紀には、国民の大半を占める労働者や農民の地位を改善することを目ざし、さまざまな社会主義思想が登場しました。

アナキズムはこうした思想状況のなかで登場した社会主義思想の一つです。マルクス主義者とアナキストは激しく対立したものの、ときに両派は、専制支配の打倒や反ファシズムのために共同して闘うこともありました。

大正期の日本でも、いわゆるアナ(大杉栄)・ボル(堺利彦、山川均)論争が起こり、「パリ・コミューン」の労働者たちの中にはプルードン主義者がたくさんいたし、1936年に始まったスペイン内戦の初期にはボリシェビキとアナキストとの共同行動もみられました。

こうした社会運動の中に投じた若き詩人もやがて、何が良くて、何が悪いのか、何をどうすることに意味があるのか、カオスに迷い込んで行く場のないところにいらだつ時期もあったのでしょう。

まさに「どこが手だか足だかわからない/力のいれどころに困つてゐる/起たう起たうと藻掻き苦しみ/顰めつ面をし/身をゆすぶり/空に向つて唾を吐きかけたりしてゐる」のです。

*この異様なイメージにとりつかれたとき、これまでになく小野の表情はかげっているようにおもえる。「棒つ切だつて空高く舞ひ上るのだ!」という叫びは威勢がいいようで、どこかいらだちの調子が含まれている。小野がここで言葉で押えようとしたものはきっと小野自身あつかいかねるもの、単一でないものであったと私にはおもわれる。つまり労働者階級とか味方とか一概にいってしまえないもの、共感と反感とをないまぜた口調でしか語れないもの(部分であって全体、他者であって自己であるもの)ではないだろうか。《安》

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