2017年4月26日水曜日

天王寺公園

   天王寺公園

嘘のやうだ
十年の歳月が流れたとは
路端の風にあふられる新聞屑
ところきらわず吐きちらされた痰唾、吸殻、弁当殻
藤棚のある運動場
雨水の滲みこんだ公会堂の壁
砂を浴びた樹立たや芝生
古ぼけた鉄骨の高塔――「通天閣」
そのかなたに浮かんでゐる夏雲のみだれ
そしてまたこゝを歩いてゐる人々の疲れた顔、鈍い眼眸
リボンのとれた帽子も よごれた白衣も
「昨日」もあゝしてベンチの上や植込の蔭でアブレや浮浪者はエビのやうに身体を折り曲げて眠つてゐた
十年前にもあゝして鉄柵のところでみすぼらしい鮮人の女は子供のおしつこをさしてゐたつけ
あゝ、しかしなんとかれらの数の増えたことか
してみると何もかも昔のまゝと云ふわけではないのだ
俺は再びこの街に帰つてきた
そして昔なじみの公園を歩いてゐる
埃つぽい樹木やゴミゴミした雑踏の間を
俺は「俺の故郷」についてなんの淋しさも自嘲も今は感じない
ただこの眼に映るものを残らずハツキリと視たい気持だ


天王寺公園(てんのうじこうえん)=写真、wiki=は、大阪市天王寺区の南西部にある、大阪を代表する公園です。1903(明治36)年にあった第5回内国勧業博覧会の敷地のあrとに1909年開園。面積約28ha。

洋式花壇や池泉回遊式庭園の慶沢園、動物園、植物園、市立美術館などの多くの公共施設があるほか、茶臼山古墳があることでも知られています。近くに聖徳太子創建の四天王寺があります。

*十年余の歳月ののちの大阪。小野は人々の数の増加という一点で帰阪の心情を押えこむ。「俺には『俺の故郷』についてなんの淋しさも自嘲も今は感じない」と云う。故郷を涙でくもった眼をでみることが小野にはもちろんできない。故郷は人々の数で押えこまれる。「この眼に映るものを残らずハツキリと視たい気持だ」という結びの一行は、いかにも『大阪』『風景詩抄』の出版の予告ではないか。

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