2017年7月18日火曜日

一本のろうそく

   一本のろうそく

すきま風に
ろうそくのほのおは
左右にゆれる
いまにも吹つ消えそうだ。
わたしは両の掌で、
ほのおをかこう。
ほのおは一ゆれして
またまつすぐに立ち直る。
闇の中を地ひびきをあげて
十頭の野牛がかけぬける。
風ははげしくなる。
灯は消してはならない。


日本で「ろうそく」が登場したのは奈良時代で、中国から輸入された蜜ろうそくだったと考えられています。平安時代になると松脂ろうそくの製造が始まり、その後、はぜの蝋や漆の蝋などを使った和ろうそくに変わります。江戸時代にはハゼノキが琉球から伝わり、外出用の提灯のための需要が増えたこともあって生産量が増えました。和ろうそくは裸で使うより提灯などに入れて使うことが多かったので、蝋が減っても炎の高さが変わりにくいように上の方が太く作られていました。

明治以降は、西洋ろうそくが輸入されて、その地位も取って代わられていきます。西洋ろうそくはもともと、溶けた蜜蝋の中に芯を浸しては引き上げ、冷ます、ということを何度も繰り返して次第に太くしてゆく方法で作られました。現在一般的に使われているものは、芯を入れた型の中に、主に石油パラフィンとステアリン酸の蝋を流し込んで一気に成形して作られているそうです。

*詩集『火呑む欅』を刊行した当時、小野は「灯を消してはならない」と云う必要を強く感じていたのだろう。十頭の野牛がかけぬけるイメージは鮮烈であるが、小野調でないのが気になって、たずねたところ、これはピカソの「ゲルニカ」のエッチング(複製)のなかの野牛だということだった。このエッチングは池田克巳からもらったもので、今も小野家の玄関の部屋を飾っている。

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