2017年7月19日水曜日

雀の木

   雀の木

夕暮。
六万体の焼あとの
さびしい丘の上で
逆光の中に
木々が震動している。
みればおびただしい雀だ。
なんだ、大阪の雀たちはこんなところで眠るのか。
遠く美術館の森の方にも
音叉のように
それに呼応している木がある。


大阪についてそれまでに書かれた詩のアンソロジーである第8詩集『大阪』(昭和28年6月、創元社版)に掲載されている作品です。

「六万体」は、大阪の要所、上町台地の中部にある天王寺区の町名。太平洋戦争による空襲で一帯は焼け野原となりました。吉祥寺(曹洞宗)、上島鬼貫墓所などもあります。

「遠く美術館の森」というのは、天王寺公園のなかにある大阪市立美術館=写真=のことでしょうか。昭和11(1936)年5月開館。もともと住友家の本邸があり、美術館の建設を目的に庭園(慶沢園)とともに大阪市に寄贈されたそうです。

大阪市立美術館は、六万体の南、ざっと1キロくらいのところにあります。

*(詩集の)表紙カバーの折り返しに藤沢恒夫と中野重治が書いている。中野の文を一部ここに抜いておく。
「(1939年の『大阪』には)戦争の大きな空気のなかで、大阪という都市、その郊外、その人間と風景とがおそろしい勢で変貌して行くすがた、それが、それに対する詩人の一こくで、しかし澄んだ肉眼を通してそこに示されていた。それは全くあたらしい、水上滝太郎のとも、谷崎潤一郎のとも、あるいは藤沢恒夫のともちがった大阪であった。そうして、それにふさわしく、たとえば朝鮮人にふれて歌ったものなぞは、伏字にされたのであった。詩の言葉が削られたのであった。それは1939年であった。今や1953年であり、この『大阪』がさらに新作を加えて、1953年の、一そう正確には、1939年から53年にいたる『大阪』として印刷されることはわれわれを感動させる」。《安》

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