2017年7月30日日曜日

木々が芽吹くとき

   木々が芽吹くとき

木々が芽吹くとき
その一つ一つの芽は
白い火を噴き
すさまじい音を発する。
ただそれはかずかぎりもなく同時的だから
だれにもきこえないだけである。

数兆数億の
燃えたつ簇葉の中に
もしただ一個出おくれた新芽があって
それがなかまに追っつこうとするなら
そのときは
天地をくつがえすような大音響が
われらの耳に達するだろう。


「芽」は、植物の茎、葉、花が伸びる前の未発達の状態をいいます。ふつうは茎の先端に頂芽、葉腋に腋芽を生じます。定位値にできるものを定芽、茎の不定位置や葉面や根などに生じるものを不定芽といいます。

「簇」(そう)は、むらがる、群がり集まる、意味。中勘助の「島守」に「我がちに日光を貪る木木の簇葉は美しい模様を織りだして自然の天幕となり、ところどころのすきまからはきれぎれの空がみえ、その小さな空を横ぎって銀いろの雲がゆく」とあります。

*『火呑む欅』の「落葉」をおもいださせる。この作品の成立について小野は書いている。これは「不時停車」の成立をも説明している。
「山陰の旅を終えてまもなく、わたしは富山県の江波という町を訪れた。そこの紡績工場で働いている女工さんたちに文学の話などをするためである。ある年の五月の中ごろだった。おりあしく、前日、北陸一帯が豪雨に見舞われて、諸々に土砂くずれがおこり、北陸線が不通になったために、わたしは岐阜から高山線を利用して、はじめて見る飛騨の山間を鈍行の汽車で通りぬけて、目的地におもむいた。その途中ののことである。……わたしの乗っていた汽車が前方の信号機の故障で、約20分あまり不時停車した。外は明るい陽ざしだったが、吹き降るりの雨で、その雨の中を雨合羽をまとった保護区の人たちが右往左往していた。……わたしは、そのとき、いまこんなところにいるわたしを、女房も、子どもも、親しい友人、仲間たちも、だれひとり知っている者、想像できる者もいないだろうということを、なぜか大へん幸福に思った。……わたしはこの旅から帰った直後に(この詩を)作っている。ここにはあきらかに、わたしが奥飛騨の山中で見た雨の中の大木の芽吹きの光景と、そのときわたしが経験した宇宙的にしずかな時間のながれに対する記憶が反映しているが、それにダブって、目的地である越中の国の紡績工場で、わたしたちが語り合った多くの若い人たち、綿埃りが舞っている職場で汗をながして働きながら、詩のことや、文学のことや、今日の日本の政治について考えている18才から21、22才ぐらいまでのまだ初々しい感じがする人たちの記憶が、書きだしからすでに追体験としてここにあった。たぶん、わたしは、自然界の生命の発芽にもまさるさかんな木木の芽吹きを歌いたかったのだろう」(『奇妙な本棚』)。《安》

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