2017年8月1日火曜日

きのうの雨

   きのうの雨

雨がやんだ。
青々としげつた柏の林の中に
光がさしこんだ。
梢にたまつた雨が
枝々の網の目をつたつて地面に向つてながれていた。
重なる上の葉つぱから下の葉つぱへ
そしてまたその下の葉つぱへ
ぽとぽとと断続的に
硫酸のような雨がしたたりおちていた。
きのうの雨には――
と新聞をひろげてだれかが云つた。
どうやらそれは
いまごろの
天地自然のことではないらしかつた。
それはおちていた。
上の葉つぱから下の葉つぱへ
さらにまたその下の葉つぱの上へ
蜘蛛の糸をもつたつて。


きょうから、1962(昭和37)年6月に、思潮社から発行された第10詩集『とほうもないねがい』の中の作品に入ります。

金星では、二酸化硫黄の雲から降る硫酸の雨が金星全体を覆っています。ニューズウィークによると、スティーブン・ホーキング博士は、ケンブリッジ大学で行われた75歳の祝賀記念講演で、「地球温暖化は後戻りできない転換点に近づいている」と指摘し、ドナルド・トランプ米大統領によるパリ協定脱退の決断がさらに地球を追い詰めることになると非難し、気温は250度まで上がって硫酸の雨が降る、まるで金星のように過酷な環境になると述べたそうです。

原子爆弾投下後には、原爆炸裂時の泥やほこり、すすなどを含んだ重油のような粘り気のある黒い雨が降りました。放射性降下物(フォールアウト)の一種で、広島県高須地区にある民家の応接間の壁裏に残っていた白壁に上から墨滴を流したような黒い雨の跡を分析したところ、炭素、珪素、鉄、それに原爆由来のウランが検出されたそうです。

*「上の葉つぱから下の葉つぱへ」という下降運動をたんねんにたどる前半の造型は、「硫酸のような」という一句、「きのうの雨には――」という一句によって突然突き崩される。そして、ふたたび「上の葉つぱから下の葉つぱへ」と下降運動を小野がたんねんにたどるとき、恐怖の相がしずかにあらわれているのだ。核兵器実験の不安・核兵器戦争の恐怖が読者のまえに立ちふさがる。寸分あやまりない計算の上に立った、しかも計算された以上の拡がりを示さずにはいない佳作である。《安》

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