2017年8月11日金曜日

花びら

   花びら

ひざぼうしまで
水につかって
あたりをうかがいながら
自動小銃をかまえた兵が
森の中をながれる川の
川底の泥をふみしめて
おれの方にやってくる。
ザブッ、ザブッと
水をかきわける音がしている。
ベトナムの森か、ラオスの山奥か。
このゆるやかにながれる川のみなもとには
なにがあるのだろう。
川一面にちらばりうかんで
どこからかどっとおしながされてきた
水蓮のような白い花びらが
かれらの方に向って
ながれよって
いった。


この詩はアメリカの「ベトコン掃討作戦」のニュース映像を、ベトコンの拠点のほうから見ているようにアングルを変えて描いているようです。

「ベトコン」(Vietcong、ベトナム共産党)は、南ベトナム解放民族戦線の西側の呼び名。1960年12月20日、南ベトナムの各種政党や社会団体、宗派組織、民族団体はじめさまざまの勢力が参集し、アメリカの帝国主義勢力とゴ・ジン・ジエム政権を打倒、南ベトナムに民族民主政権をつくり、民主主義制度を確立することを目標として結成した民族統一戦線です。

1962年1月、南ベトナム人民革命党が組織されて解放戦線の中核体となり、サイゴン政権の警察政治、強大なアメリカの軍事力に対して熾烈な戦いを継続しながら、1969年6月に南ベトナム共和国臨時革命政府を樹立しました。

1973年1月にはベトナム和平協定に調印、75年4月北ベトナム軍とともにホー・チ・ミン作戦を行って南ベトナムの解放を成し遂げることになります。南北の統一後、1977年2月に解放戦線は北の祖国戦線と合体し、その使命を終えました。

*この作品について小野の自作解説を引用しておく。
「この詩は、(北ベトナムの詩人)タイン・テインさんの話をきいた数日後、家内といっしょに近所の劇場へ何か映画を見に行った時、フォックス・ムービートンのニュースに偶然写し出されたベトナム戦争のある一コマにもとづいて書かれたものである。映像に即していえば、この詩と寸分狂いのない光景をアメリカのニュースはとらえていた。タイトルは、いうまでもなくベトコン掃討作戦である。……私のこの詩は、カメラのアングルを変えて、そのベトコンの拠点を向こうから見るのではなく、こちらの方に置く、つまり観客席にいる自分の方に置きかえて書いた詩である。膝まで水に没し、自動小銃を構えてやって来る兵たちは、私の方に向かってやって来るというわけである。そして、白い花びらは、私の方から、私の内部から彼らの方に向かって、どっと流れよっていくという構想。フォックスのニュースカメラがとらえたベトナム戦争の一コマを見た私に、このようにとっさにそのカメラの位置とアングルを変えさせたものは何なのか。それが読者に電流となって伝わるならば、作者は、花びらにどのようなイメージを託しているか、それもただちにわかるだろう」(『現代詩鑑賞講座第一巻』角川書店「荒廃の季節とわが詩作」)
 この「白い花びら」はもちろん感傷や詠嘆とは無縁である。川岸の木蔭に身をひそめている「おれ」が自動小銃かまえて近づいてくる「敵」へ撃ちつづける敵意の銃弾ではないだろうか。白い花びらが一面に流れている川に今、「おれ」がいて「敵」がいるのだという状況が、むしろ過酷なまでにやさしく美しいイメージによってきびしく歌われているのだ。《安》

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