2017年8月2日水曜日

このはずくの目の中

   このはずくの目の中

ディーゼルカーの
震動する床の上に
一羽のこのはずくがいた。
霧ぶかい北但の山中で生擒にされた夜の猛禽は
真鍮色の大きな目を光らせ
止まり木のない籠の金網にしつかりとつかまつていた。
のぞきこむと
上体をそらしざま 嘴を半びらきに
おれの顔に向つて
はげしくとびかかつてくるような気勢を示した。
大きく見ひらかれた
このはずくの目一ぱいに
そのときふいに近接したのは
反射望遠鏡がとらえた穴ぼこだらけの半月の表面のようなものであつたのだろう。
おれはさらに近く顔をよせて
このはずくの目の中にはいつていつた。
そこは真暗だつた。
蝕知できる一個の体積の中に
何かがぎゆうつとつまつて動いていた。
なまぐさい けれども清潔な
血のにおいがした。
はらわたのにおいがした。


「このはずく」(木葉木兎)は、「ブッポーソー」(仏法僧)と鳴くフクロウ科の鳥。全長約20センチメートル、全体に褐色の羽色をしていて、上下面ともに暗褐色の縦斑があります。よく茂った森林にすみ、夜、ゴミムシ、オサムシ、バッタ、コガネムシなどの昆虫類をとって食べます。樹洞を巣とし、球形に近い白色卵を4、5個産みます。

ひとみの周りにある円盤状の膜である虹彩が、黄色なのが印象的です。作品のなかでは「真鍮色の大きな目」といっています。真鍮色とは、五円硬貨のような色と考えられます。

*ディーゼルカーの車中でみかけたこのはずくと小野はもろに立ち向う。そしてこのはずくの目の中へはいっていく。くりかえしくりかえされる小野の夢は、夢自体はどんなに動いても小野自身は動かないというスタティックな面を小野自身好んでいたといえるだろうが、この作品において小野は夢をひきずって動くことをあえてしている。このはずくの目の中へはいっていった小野は、そのむこうにこれまでのような世界をもはやみない。小野が見ているのは不定形の現実の異相とでも呼ぶべきものであり、小野を囲んでいる現実のより実質的把握がここではなされているのだ。この意味でこれは注目すべき作品である。《安》

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