2017年8月23日水曜日

燃える籠

   燃える籠

川の中流で
小舟が一艘燃えてる。
よく見ると
舟の上で籠が燃えているのだ。
人はいない。
舟をすてて岸に泳ぎついたか
死んじまったか
燃える籠は焔の舌を吐き
煙は高く暮れなずむ空に立ちのぼっている。
梢から
はらはらと木の葉が舞いおちる。

爆風とともに重量ある巨大なものが
上を通過したあとだ。
櫨のように紅葉する木がもしあるなら
その木の名をあすこではなんと呼ぶのだろう。
舞いおちる葉は
黄金にきらめいている。

草屋根の草の穂が
ふいにめくれて
瞬間一つの方向に吹きなびいた。

廂が外れ落ち
しばらくして
おれの眼の前で
乾いた土壁の土がしずくにくずれ落ちた。

燃える籠は
まだ燃えている。


きょうから、1970(昭和45)年12月に思潮社から刊行された第12詩集『垂直旅行』です。

「籠」(かご)は、短冊状あるいはひも状の素材を編むなどして作った入れ物。材料には、竹や葦などの植物製の素材が好んで用いられ、液体を運ぶことを目的としないのが特徴としてあげられます。そうした「籠」が、舟の上で燃えているというのです。

「櫨」(はぜ)は、ウルシ科の落葉小高木。日本には、果実から木蝋を採取する資源作物として、江戸時代に琉球王国から持ち込まれ、それまで木蝋の主原料だったウルシの果実を駆逐したとされます。山野に自生し、実も葉も真紅に色づきます。紅葉の美しさから、庭木や花材にも用いられます。俳句では、秋に美しく紅葉するハゼノキを櫨紅葉といいます。

*この作品について小野の自作解説がある。この作品の構造とテーマが明快に述べられている。

「短い詩であるけれども、一行あきの空間を三つ置いて、四カットの構成によってこの詩は成り立っている。作者がいささかうまくいったと思うのは、その四つのカット――小舟の上で炎上している籠、舞い落ちる木の葉、めくれる草屋根の草の穂、そして再び燃えている籠と、それぞれちがった場所に起きたことがらを、とっさに一つの時間の中にしぼり得たところだ。その時間というのは、南ベトナムのある地域を米軍のファントム戦闘爆撃機が低空で通過するわずか数十秒を数える時間である。その時間を追跡して、言語構造空間の中にねじ伏せようとしたのがこの詩だ。……

云おうとすることは、題にまで持ってきた燃える籠という四字につきる。籠とは、農民の日常の生活用具である竹で編んだあの籠である。野菜や果物を入れてはこぶ籠、あるいは家鴨や鶏を伏せる籠を想像してもらえればよい。それが川の中流に見捨てられた小舟の上で、骨ぐるみ炎上しているのである。アメリカ侵略軍は、砲爆撃でもってユエの王宮の遺跡を完全に破壊し去ったというが、そういう歴史的な建造物が破壊されるということ以上に、小さな庶民の生活の上にふりかかる理不尽な災害が、私に戦争というものの恐しさを感じさせる。しかし、もし恐しいということを云うだけなら、私は詩を必要としなかっただろう。恐しさだけではすまないものが人間に詩を書かせるのである。それが『燃える籠』のテーマだ」(『詩作ノート』飯塚書店「自然・人間・想像力」)《安》

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