2017年8月26日土曜日

ケニヤよりも遠く

   ケニヤよりも遠く

私は知らない。
どこにも行ったことがないから。
あなたはずいぶん方々に行かれたな。
世界のすみずみまで、あますところなく。
え? まだありましたか。アフリカが。
それで、こんどのケニヤ行きなんですね。
だれが死んでも泣いたことがないのに
たとえば豹のような動物がいっしょうけんめいに駆けているのを見ると
涙が出ると私の友だちは云います。
あなたもそうなんですか。
銃声かなにかに追われて
豹かライオンが
アフリカの灌木地帯の草原を
いっしょうけんめいに駆けている姿を
あなたもごらんになりたいのですか。
シュバイツァーのように
ジイドやヘミングウェイのように
あなたは最後はアフリカを目指すんですか。
キリマンジャロは
カラーのフィルムで見ましたけれど
あんなものではないでしょうね。
実は、私も、いま
私の生涯での最も遠い旅をして
帰ってきたところなんです。
人里はなれた山奥の
小さな小さな村に行ってまいりました。
村にはあまり多くない人が住んでいて
産卵鶏を飼っていました。
牛も二頭いましたね。
そこで堆肥を作ったり
マキ割りをしている人たちと話をして
一晩、とめてもらって帰ってきました。
だめですね。私は。
帰るには帰れましたが
もう行く道も忘れましたし
私が経験したことがらについての意味がなんであったかもよくわかりません。
まるであなたがこれから行かれるアフリカ全土を旅してきたような疲れ方です。
鞄を投り出し
着替えもせずに
ぐったりと寝台の上で
仰向けになっています。
お見送りはできませんが元気で行ってらっしゃい
明日の朝ですか。
羽田を発たれるのは。
いや、もう
ベイルイトにお着きになってるかな。


ドイツの神学者「シュバイツァー」(Albert Schweitzer、1875-1965)は、医学を学んで、1913年にパリ福音伝道会派遣の医師として、コンゴのランバレネに赴き、熱帯病病院を建設ししました。一時帰国した後、1926年に再度赴いて病院を再開して医療事業を拡張しました。

フランスの作家「ジイド」(Andr Gide、1869-1951)は1925年、コンゴに旅立っています。この旅行でフランスの植民政策の犠牲になっている原住民の惨状をみて、彼の社会問題に大きく目が開かれ、『コンゴ紀行』(1927)が広く世論を巻き起こすことになりました。

冒険的な生活で知られるアメリカの小説家「ヘミングウェイ」(Ernest Miller Hemingway、1899-1961)は、アフリカの猛獣狩りに出かけて狩猟紀行的小説『アフリカの緑の丘』(1935)を書いたほか、1954年にはアフリカ旅行中に2度の飛行機事故で重傷を負うなどしています。

「ベイルイト」すなわちベイルートは、地中海東岸に位置するレバノンの首都。有史以前から住民がおり、地名はヘブライ語の「井戸」に由来するそうです。古代フェニキア時代からの商業都市。551年の大地震と津波で荒廃したあと防衛力を失い、635年にはイスラム教徒に征服されてペルシア人の入植があって養蚕と通商で繫栄しました。

*世界のすみずみまであますところなくでかけて、最後に残ったアフリカへの旅行。これを「水平飛行」とすれば、「鞄を投り出し/着替えもせずに/ぐったりと寝台の上で/仰向けになって」いるほど疲れた「私」は「垂直飛行」をしてきたというわけだ。「帰るには帰れましたが/もう行く道も忘れましたし/私が経験したことがらについての意味がなんであったかもよくわかりません」という3行に、現在の小野が「垂直飛行」という語で考えていることがあらわに出ている。詩集に収めるときに書き加えられた最後の2行「いや、もう/ベイルイトにお着きになってるかな」などに見られる語り口の冴えは、いつもながら感心させられる。《安》

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