2017年8月28日月曜日

平家村

   平家村

どこをどう廻れば
この切り断つ崖の下の
海の渚へ
降りていくことができるのだろう。
そこに一かたまりの聚落がある。
貧しく暗くしずかな。
行く道はありますと
あなたは云うが
道は見えない。


平家の落人が隠れ住み着いたとする伝説の地「平家村」には、熊本県の五家荘、宮崎県の椎葉・米良、徳島県の祖谷(いや)、岐阜県の白川、福島県の檜枝岐(ひのえまた)など全国に150か所以上あるといわれています。これらの地は、他との交通を途絶し、一種の治外法権の世界をつくっていた秘境で、物売りたちが入り込むことも少なかったといわれます。

たとえば徳島の祖谷には、安徳天皇が二位の尼と当地で没したとか、平国盛が手兵二百騎で逃れてきた、熊本の五家荘は平清経が郎党と隠れたと伝えられています。周囲にも都への憧憬や貴種を尊重する心理が働いて、隔絶した地域差と時代差がいつしか平家の末裔を信じるようになっていったようです。

*ある夜、おそく帰って郵便物のなかから雑誌『歴程』を抜き出して封を切って一気に小野の六篇の詩を読んだときのことだ。六篇の一番最後がこの作品であったが、最後の一行「道は見えない」をそのとき「道などない」と私は読んでいた。小野の肉声が私の耳に「道などない」と強くひびいたのだ。年来、
平家村」へ降りて行くことばかり考えている私に、小野は道とは「逆に」道を示してくれた。《安》

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