2017年8月29日火曜日

旅と滞在

   旅と滞在

旅をしても
長くとどまるな。
用事をすましたらすぐ発て。
早く帰ってこい。
山も川も海も
みなおまえの敵だと思え
素朴な、人なつっこい村びとには特に警戒せよ。
もし霧が立ちこめた漁港で
朝の魚市で出くわしたら
一瞥するだけで通り抜けよ。
立ちどまって
商い女などと話をするな。
風俗に興味を持つな。
カメラなんか向けるなよ。
なにも映りはしない。
山も川も海も
人間も人間の労働も
旅先きではみなおまえと関係ないものと思え。
霧の中に浮遊するか
沈澱している物の影だと思え。
おれは、いま、安乗の海を想い出しているが
世界は広い。
ノートルダムだって同じことなんだぞ。
なにを見ても
それらは
おまえの手に負えぬ
暗く冷たくねじれたものなんだ。
旅をしても滞在するな。
一泊もするな。
次の汽車で発て。


「安乗」(あのり)=写真=は、志摩半島南東部、三重県東部の地区。1889年安乗村として村制施行し、1955年には 1町 5村と合体して阿児町、2004年には 4町と合体して志摩市となりました。的矢湾の湾口部に位置し、沿岸漁業が盛んです。中世、九鬼嘉隆のころに始まるとされる「安乗の人形芝居」で知られ、19世紀前半の人形の首も残っています。最盛期は江戸時代中期で、大正期末から中断されていたが第2次世界大戦後に復活し、毎年8月15日、八幡神社の祭日に奉納されます。近くにある安乗岬は、江戸時代に幕府直営の灯明台が置かれたところで、いまも安乗埼灯台があります。

「ノートルダム」(Notre-Dame)とは、12世紀ごろ高まりをみせた聖母崇拝とともに数多く献堂された、聖母マリアにささげられたフランスの教会堂のこと。特にパリ中心部のシテ島にあるノートルダム大聖堂が有名です。この大聖堂は、ローマ統治時代にユピテル神殿のあった場所に1163年、建設が始まり、基本的な構造物は1225年に完成しました。「ノートルダム」は「われらの貴婦人」の意味。パリのノートルダム大聖堂は、ヴィクトル・ユーゴーの小説のタイトルにもなった「ノートルダム・ド・パリ」(Notre-Dame de Paris)とも呼ばれています。

*『歴程』に発表したときは「垂直に歩け」という題がついていた作品である。小野の「垂直旅行」論である。ふりかえって列挙してみると。
  帰るには帰れましたが
  もう行く道も忘れましたし
  私が経験したことがらについての意味がなんであったかもよくわかりません。(「ケニヤよりも遠く」)
  もしそこにいるとしても
  なにも見えず(「グリンランドの海」)
  道は見えない。(「平家村」)
  旅をしても滞在するな。
  一泊もするな。
  次の汽車で発て。(「旅と滞在」)
 これらの否定的発言はたとえば「それらは/おまえなんかの手に負えぬ/暗く冷たくねじれたものなのだ」という認識から直接出てくるわけだが、旧題「垂直に歩け」に端的に示されているごとく、現実と癒着することなく、むしろ勇気をもって現実から離れて、「空想」に走って真の現実のありようを先き取りしようという、むしろ積極的戦闘的意図を内蔵したものであろう。そして「先き取り」こそ詩の役目であり、詩でないとやれない仕事なのだ。
  私は 物より
  わずかに早く
  そこにゆかう。(「人造石油工場一つ」)
  未来はさらに
  なかなか遠いのだ。(「私の人工楽園」)
  人間はずうっとまだおくれてゆく。(「今日の羊歯」)
 かつての『風景詩抄』から抜き出して列挙したこれらの詩句にみられる現実に迫る遠近法を今さらながら思いだす。《安》

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