2017年8月5日土曜日

たばこの火

   たばこの火

不眠症か。
どうしたのだ、きみは。
椅子をおりて。
だれもいない通路にひとり立つている。
カーテンを重くたらした三段の寝台は
みな棺のように寝しずまつているのに。
ブラインドをあげて
冷たい窓ガラスに額をくつつけて外を見ると
外はまだ真暗である。
だが、いまはここがどこだか
きみには気配でそれがわかる。
闇の中をすぎてゆくのは由比、蒲原、岩淵の海岸線だ。
連結器のきしむ音をまじえて
ごとごと ごとごと
ごとごと ごとごと
ごとごと ごとごと ごとごと ごとごと
ときどきガアッと全速で
窓すれすれにとんでくる防波堤が
きみの視線をさえぎる。

急行「彗星」の赤い尾灯を追つて
線路に併行した暗夜の国道を
重量トラックの大編隊が行進している。
列車と等速だから
その間隔はひろがりもちぢまりもしない。
各車輛は何か巨大なものを積載しているが
蔽いがかけられていて何であるかわからぬ。
ただ見えるのは
つらなるヘッドライトと
星のマークと
運転台にいる作業帽をかぶつた大男がくわえている
たばこの火。


「由比、蒲原、岩淵」は、静岡県の中部の地名。いまは由比と蒲原は静岡市、岩淵は富士市に属しています。由比と蒲原は東海道五十三次の宿場、岩淵も江戸時代には富士川の渡し場もあったことから、東海道の間の宿として栄えました。

「急行「彗星」」は、東海道本線、山陽本線、日豊本線を経由して京都―南宮崎間を結んでいた国鉄の寝台特別急行列車。1968年10月に新大阪―宮崎間で運転を開始し、運転区間の拡大や増発を繰り返し最大5往復が運転されていました。1980年代以降は新幹線や飛行機に客足を奪われ、2000年には「あかつき」と併結されるようになり、2005年9月に廃止されました。列車名は当時、夜行列車は天体から、という慣例があったそうです。

*小野が『火呑む欅』の「深夜の富士」、『重油富士』の「重油富士」など、一連の作品で追いつづけてきたものの到達点を示すといっていい見事な作品である。あるがままに書くしかないのだというようにぐいぐいと書き進められていく筆致は、重量トラックの運転台にいる大男がくわえているたばこの火にいたってぴたりと止る。この描写のつみかさねの進行速度と停止の感覚のなかに、小野が示したいことがらが充填されているのだ。闇のなかで時々あかるくなるたばこの火は「たえず世界を内包し世界に於ける何らかの事件の核心にむかって冷静な凝視をつづけている」(長谷川龍生)ものとして小野が摘出したものだ。『とほうもないねがい』を批判した井上俊夫もその批判のなかで「たばこの火というありふれた日常性に、これだけの重い危機感と威圧感をあたえ得た詩人は小野の他に誰もいないことを認め」る。(「現代詩手帖」37年10月号「完成の香気と腐敗の悪臭」)

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