2017年8月6日日曜日

もののかたち

   もののかたち

霜がおりた冬庭の
山茶花の木のかげもちがう。
苔の発色も バラの木のバラのトゲも
風の中のスゲ草の穂のゆれ方も
同じではない。
一つの眼と も一つの眼。
しずけさも 悲しみも
苦しみも今年はすべてちがう。
夜明けの三池の空を見る。
そこにはボタ山の黒い影がある。
いま、このとき、それは
それを見るすべての人間に同じであろうか。
そんなことはあり得ぬ。
どこにいても いかなるときにも
木、草、石、水。
物みなにある陰影はもはや同じではない。
一つの眼と も一つの眼だ。
仰げば 凍る大気の中に
異常に明るい太陽が静止している。
その火を噴くような太陽だつて
どうしてそれが同じ太陽であるはずがあろう。
物象ことごとく割れて二つ。
よろこび のぞみ。
すべてがちがう。
ちがうのだ、今年は。
われらにあるものを
誇りとする。


「三池」=写真、wiki=は、福岡県大牟田市と熊本県荒尾市にまたがる炭鉱。1469年に三池郡稲荷村の農夫が、稲荷山で焚き火が黒石に着火したのを見て発見したと伝えられています。享保6(1721)年、柳川藩が稲荷山の隣地平野山に開坑。安政3(1856)年には三池藩が平野山の隣地生山に開坑すると境界争いが起こり、工部省は1873年、これらの炭鉱の官有を決め、1875年には工部省鉱山寮の支配下に置いて三池鉱山として採炭を始めました。

1876年、イギリス人技師ポッターの指導で大浦竪坑を開削、また宮原と万田にも新坑が掘削され、炭鉱の近代化が始まりました。1889年には三井物産に払い下げられ、団琢磨を事務長とした三池炭礦が設立されます。三池炭田のうち三池本層、三池上層および三池第2上層の 3層を採掘しました。

採掘区域はすべて有明海の海底だったため、初島と三池島の人工島を海上に設けて通気、運搬に供しました。戦後、石炭産業が衰退していくなか、1959年に労働争議が勃発、大きな社会問題に発展します。1963年には三川鉱で爆発事故が起こり、458人の犠牲者を出しました。石炭需要の減少で1997年3月に閉山しました。

*もののかたちが「同じではない」といっても、色々あるといっているのではない。はっきりと「物象ことごとく割れて二つ」だといっているのだ。「一つの眼」と「も一つの眼」とで「割れて二つ」なのだ。井上俊夫はこの作品について「芸術的完成度は他の作品に比して低いが、それだけに小野の模索と苦悶のあとも歴然たるものがある」と述べている。「芸術的完成度」が低い「模索と苦悶」のあと歴然という感じがわからないではないが、むしろ、前出の作品「リンゴの血」「このはずくの目の中」とともにこの作品は、これまでの小野になかったものがあらわれているのに私は特に注目したい。実のところ、このような詩を書くことで詩人は次の詩を書くための武器を入手することにもなるのだ。そして、事実このあとに並べた一連の兵器のイメージを核とする作品はこの「割れて二つ」という考えと無縁ではない。次の詩集『異境』にこの作品の延長があきらかにあらわれる。《安》

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